2009年11月23日

輸出管理は、「技術士」の手で!

安全保障輸出管理コンプライアンスを、国家資格の「技術士」がサポート
 「世界のモノ作り、ニッポン」の信頼を根底から揺るがしかねない事件が報道されている。「日本のモノ作り技術」の高さは定評があるが、それが闇市場で不正に取引され、世界の安全を脅かしているという評判が海外のメディアでも広く報道されているのは、誠に遺憾である。
(例えばhttp://www.cbsnews.com/stories/2004/01/24/world/main595585.shtml)。

振り返れば、「もっと厳しい輸出管理が必要だ」と米国をはじめとする世界の人々に知らしめてしまった張本人は、あの忌まわしい「東芝機械ココム違反事件」(1983)であった。

あれから既に25年、日本も世界の安全保障体制の一翼を担う一人前の大人になれなくては面目ない。

 国家としての輸出管理監督官庁は経済産業省だが、通常の実質的業務の遂行責任は、個々の民間企業や大学等の自主管理に委ねられている。正に、世界中から個々の法人等がその運営の本質的信頼性が問われていることになる。

 今、グローバル経済の土俵に在って、自由市場競争原理で勝ち上がるコンプライアンス経営の企業等法人組織の格付け番付はその輸出管理コンプライアンスで決まると言っても過言ではない。北朝鮮の核開発問題に当たっては、隣の大国、中国ですら米国より厳しく輸出管理体制の不備を咎められたことはご承知の通りである。

 今日ほど世界中の国々が安全保障体制の確立に注目している時代、いまだかってなかった。最早、一企業の責任ですと言い逃れをつべこべ言える状況ではなくなった。日本の国全体がASEAN等周辺諸国家をも巻き込み、皆が一致団結して取り組むべき国家的な課題になっている。

 闇取引に係わる国際査察の場面で、万が一にも日本企業名の刻印がされた高性能なニッポン製品の銘板が見つかりでもしたならば、「テロ支援国家、核開発国家に対して日本が陰で暗躍し、自らの利益に走っている」という海外からの批判が殺到するだろう。このような悪夢は想像もしたくないのは、極めて当然だろう。
 「私の会社に限ってそんなことは起こり得ない」、「わが国立大学には、そのような不届きなことがあり得るはずがない」と、これまでは正面を切ってきっぱりと言ってきた。しかし、そこに極めて遺憾な不都合な真実がいくつも露呈していることを忘れてはならない。そして、それが大きな経営リスクとして表面化してきた。

「キャッチオール規制の導入」とは、正にこのことを指している。

 輸出管理は世界の安全保障のための必須科目であり、その遵守は日本人の一人一人の名誉にも関わる、待ったなしのコンプライアンスである。

 人に任せてしまって、「やったはず」とか「やらせています」は経営責任者の会見での常套コメントであるが、結果責任を問われる現代社会では自らの無能を表明している以外の何ものでもない。

 そして、私が今ここで強調したいのは、「輸出管理は技術者の問題である」ということ、そして技術と法律の両方に明るい「専門の技術者」が、厳正な目と澄んだ倫理観に照らして自らの組織活動を見張らなければならないということなのである。

 日本の輸出企業等の「輸出管理最高責任者」は、形だけ立派な肩書きを就けてはいるが、技術のことは全然素人で分からず、下まかせでハンコだけ押しているだけの場合が大半であった。しっかりと国際的な法令等のルールに照らして管理をしなければならない「技術判断」が日本社会ではおざなりにされている。そのためにこれまでの忌まわしい国家間の闇取引事件が発生し続けているのであろう。

 21世紀の「モノ作りニッポン」は高度な技術を誇るだけでは不足であり、各企業、大学等の技術者、研究者は、社会全体にとって最も重要な「安全保障輸出管理」のコンプライアンスについて、技術のスペシャリストとしての責任をもっともっと果たさなければならない。

 なかでも「技術士」は文部科学大臣公認の資格で、それぞれの専門分野において、最も高い倫理観と専門技術力を備えていることを保証されている貴重な人材たちだ。

 今こそ、その力を存分に活用して、真の「モノ作りニッポン」としての名誉を挽回できるような社会的貢献を存分に果たしていこうと意を新たにするものである。

 われわれ日本技術士会 コンプライアンス/リスク・マネージメントセンター(略称:日本技術士会 CP/RMセンターは、そのようなミッションを掲げてことし(2009年11月1日)組織的な活動の狼煙を上げた。